オットーボックグループのシニア・エグゼクティブが94歳で永眠いたしました。



オットーボックグループはシニア・エグゼクティブであるDr. マックス ネーダーが7月24日(金曜日)に94歳で逝去したことで深い悲しみにつつまれています。デューダスタットとケーニヒゼーの名誉市民であるDr. マックス ネーダーの葬儀は7月31日(金曜日)12時よりデューダスタットのSt. Servatius protestant churchにて執り行われます。
葬儀終了後に彼の棺はデューダスタットの歴史的な古い町並みを通りthe St. Paulus Cemeteryまで運ばれ、2005年に逝去した彼の妻マリアの隣に埋葬されます。

デューダスタットのオットーボックヘルスケア社とオットーボックプラスチック社はこの日一日の業務を取り止め、社員は最後のお別れを告げるために葬儀に参列します。また、Dr. ネーダーの故郷でもあるケーニヒゼーの車いすの工場もこの日は操業を停止し、そして全世界のオットーボックの子会社でも、全ての社員は1時間をDr. ネーダーを偲ぶ時間として過ごします。
Dr. ネーダーの人生を振返った時、「謙虚であった、人に敬意を払う人だった、故郷を愛していた」という言葉を実感することができます。1935年マックス ネーダーはオットーボック社に入社しました。直ぐにこの若者の才能と情熱が認められ、オットー ボックは彼に義肢装具の技術とセールスのトレーニングの機会を与えました。そして1943年には彼の娘との結婚を許しました。3年後にマックスとマリアはデューダスタットの北部に倉庫を設立し、1947年にはEuzenberg Street の工場で生産が開始されました。そしてこれが今日の世界的企業への成功の始まりとなったのです。
1953年に創業者であるオットー ボックが64歳で永眠しました。奇しくも同じ年にオットーボッククンストフ(プラスチック)社が設立されました。また、将来を見据えて果敢な挑戦として最初の海外の子会社をアメリカ合衆国に設立しました。これがオットーボック社の国際化の基盤となりました。今日ではオットーボックヘルスケア社は世界に40もの販売拠点を持ち140カ国以上へ製品を供給しています
この時期の画期的な発明としては、マイオエレクトリック筋電義手とモジュラー式下腿義足があります。この2つは1960年代と70年代にブームを起こしました。また、1961年にたった一人の子供であるハンス ゲオルグ ネーダーが誕生するという喜ばしい出来事にも恵まれました。
1年後にデューダスタットインダストリアルパークに新しい建物の礎が打ち込まれました。 ここが現在の義肢装具とプラスチック製造部門の建物になりました。また。1969年には管理部門棟の竣工式も執り行われました。
功績が認められ、マックス ネーダーは1985年にベルリンの技術工科大学より名誉博士号を与えられました。1994年には当時のチューリンゲンの州知事Dr. Bernhard VogelよりCommander’s Cross of the Order of Merit of the Federal Republic of Germanyを授与されました。これらはマックス ネーダーが受賞した数々の名誉ある賞のほんの幾つかです。1985年にはドイツのOrthopaedics and Traumatology SocietyのGeorg-Hohmann Awardを受賞いたしました。そしてこれは息子のHans Georg Näderも2003年に受賞しています。
1987年にDr. Näderは義肢装具技術の発展と医師、理学療法士、作業療法士そして義肢装具士が分野を超えて共同研究を行なうためにオットーボック基金を設立しました。 この基金の活動は、2002年にドイツ東部を襲った洪水の際には募金を含めた幅広い活動に発展しました。2004年に東南アジアを襲った津波と2008年の中国四川大地震以降は救済活動と資金集めのキャンペーン活動も行なうようになりました。
1990年以降は、息子であるProf. ハンス ゲオルグ ネーダーがビジネスを引継ぎ、父と同じ志でオットーボック社を統括しています。1992年には第二次世界大戦後に没収されたケーニヒゼーの旧本社を買い戻しました。2009年は、ネーダー家とオットーボック社にとり、また新たなマイルストーンの年になりました。創業以来90年を経て、再び創業の地ベルリンに戻り、障害を持った人々への技術のユニークなフォーラムとも言える「サイエンスセンターメディカルテクノロジー」をオープンしました。
Dr. マックス ネーダーは、彼の生涯をかけた会社が全世界で成功を収め、極めて高い評、会社と社員の幸せ、障害を持った人々の要望、そしてお客様の満足に対し、個人的にも非常に心をかけていました。
オットーボックグループと全ての社員は、冷静沈着で、人として評価される、目指すべき企業家精神を失ったこと、未来の成功のモデルとなるこのドイツのファミリー企業ビジネスの社風を作ってくれた人物を失ったことを深く悼んでいます。
