オットーボックの修理サービスの歴史


夏季大会

1988年ソウル、韓国

修理技術者:4名、参加競技者:3,057名、参加国:61ヶ国、観客動員:75,000名(開会式の観客数のみ)

オーストラリアから参加した4人の技術者により、オットーボックは初めて無料の修理サービスを提供しました。

1992年バルセロナ、スペイン

修理技術者:12名、参加競技者:3,001名、参加国:83ヶ国、観客動員:65,000名(開会式の観客数のみ)

選手村にフル装備の移動式の修理サービス用のワークショップを設営し、本格的な修理サービスを展開しました。

1996年アトランタ、アメリカ合衆国

修理技術者:25名、参加競技者:3,259名、参加国:104ヶ国、観客動員:388,373名

人々の関心も高まり、40万人近い人々と2,000以上のメディアが競技場に足を運びました。修理サービスセンターでもトータル1,100件の修理を提供するまでになりました。

2000年シドニー、オーストラリア

修理技術者:60名、参加競技者:3,881名、参加国:122ヶ国、観客動員:1,200,000名

修理サービスチームは11カ国から参加した60名の技術者で構成されました。
南アフリカのLombard選手は競技中に膝継手のアンカーが外れてしまいましたが、オットーボックの技術者が直ちに修理にあたった結果、5種競技の金メダルを獲得しました。

2004年アテネ、ギリシャ

修理技術者:68名、参加競技者:3,808名、参加国:135ヶ国、観客動員:850,000名

トータル2,000件以上の修理サービスを提供しました。
イランの車椅子バスケットボールチームは、アテネ到着時に車椅子のワッシャーが無くなってしまいました。翌日に試合を控え、オットーボックの修理チームが大急ぎで全員の車椅子のパーツを付替えました。

2008年北京、中国

修理技術者:86名、修理件数:2188件、参加競技者:3,951名、参加国:146ヶ国、観客動員:1,820,000名

大会期間中、昼夜なしで働き、2,188件の修理サービスを提供しました。
マダガスカルのHarijaona選手はアルミニウムと革でできた義足の修理に来ました。オットーボックの技術者から古い義足の修理は難しいので無償で新しい義足を作ることを提案され、彼は耳を疑うばかりでした。

2012年ロンドン、英国

修理技術者:80名、参加競技者:4,294名、参加国:164ヶ国、観客動員:2,200,000名

各国から80人の技術者(義肢装具士、車いす技術者、溶接技術者)が参加し、10,000時間以上かけ2,062件以上の修理を実施。3ヶ所のパラリンピック村内に修理センター、9ヶ所の競技会場、ウォームアップトラックに修理ブース、マラソン競技用の移動式修理ワークショップも配備しました。

2016年リオデジャネイロ、ブラジル

修理技術者:100名、参加競技者:4,342名、参加国:159ヶ国、観客動員:2,150,000名

選手村内の修理サービスセンターと14ヶ所の競技会場に修理ブースを設営して修理対応しました。多い時には1日200件以上、134ヵ国の選手に2,408件の修理を実施しました。

冬季大会

1992年アルベールビル、フランス

修理技術者:7名、参加競技者:365名、参加国:24ヶ国

1992年のティーニュ、アルベールビル冬季大会では365名のうち女性競技者は77名でした。
この大会は、オリンピック開催地と同じ場所で開催された最初の冬季大会でした。オットーボックはこの大会で冬季大会としては初めて修理サービスを提供しました。

1998年長野、日本

修理技術者:20名、参加競技者:561名、参加国:31ヶ国、観客動員:151,376名

ヨーロッパ以外で行なわれる初の冬季大会。修理サービスチームには日本の義肢装具士も参加しました。
カナダのLudbrook選手はトレーニング中に義足の接合部分を壊してしまいました。5時間に及ぶ修理の結果、義足は新品同様になり、競技に戻ることができました。

2002年ソルトレイクシティ、アメリカ

パラリンピックに対する人気が高まり、観戦チケットの販売数を増やしました。
スロバキアのChlebakova選手はスキー大回転の競技前日、粉々に壊れた義手をもって修理サービスセンターに来ました。チームが一晩で新しい義手を作り上げたおかげでChlebakova選手は銅メダルを獲得し、センターに戻って来て、技術者に メダルを見せ、自分のゼッケンを手渡しました。.

2006年トリノ、イタリア

修理技術者:32名、参加競技者:474名、参加国:38ヶ国、観客動員:162,974名

ベラルーシのVauchok選手とアメリカのKhndzrtsyan選手は開会式の旗手を務めることになっていましたが、数時間前に車椅子の旗の取付け金具が壊れてしまいました。直ちに修理センターで新しい金具が溶接され、開会式が始まるまでにオリンピックスタジアムに到着することができました。

2010年バンクーバー、カナダ

参加競技者:502名、参加国:44ヶ国、観客動員:230,000名

国際パラリンピック委員会との共催で、「モーションスピリット: 私たちを動かしているものを見てみよう」という展示会をウィスラーで開催しました。約25,000人が会場を訪れ、パラスポーツの歴史や競技で使用される機器の技術に興味を示しました。

2014年ソチ、ロシア

修理技術者:28名、参加競技者:550名、参加国:45ヶ国、観客動員:316,200名

2ケ所の選手村と3ケ所の競技会場に修理サービスセンターを設営しました。
ぶつかり合いの激しいアイススレッジホッケーなどでたくさんの修理が発生するため、チームには溶接技術者もいます。また、開会式、閉会式で車椅子ユーザーの旗手が使用する旗を受けるホルダーの取付け作業も任されました。

2018年平昌、韓国

修理技術者:23名、参加競技者:567名、参加国:49ヶ国、観客動員:742,000名

オットーボックが初めて修理サービスを行った1988年のパラリンピックソウル大会から30年目となった今大会では、選手村内と3ヶ所の競技会場で修理サービスに対応し、2,152時間をかけて410件の修理を実施しました。